青林書院



わが国の狩猟法制ー殺生禁断と乱場〔修訂版〕


わが国の狩猟法制ー殺生禁断と乱場〔修訂版〕
 
わが国の「狩猟法制」を通観した比類なき大著。
編・著者小柳 泰治 著
判 型A5判
ページ数650頁
税込価格5,400円(本体価格:5,000円)
発行年月2015年10月
ISBN978-4-417-01670-0
在庫品切れ
  
 品切れです

■解説
小柳 泰治:弁護士(バード法律事務所)


修訂版によせて
この修訂版は、初版の残部が僅少となり増刷する機会に、大正一一年狩猟法改正の「法改正審議の概要・改正内容」及び「狩猟統計の整備」に修正を施すとともに誤記誤植を訂正し、初版を修訂したものである。その余の「はじめに」以下の本書全体の構成・記述には、何も変わるところはない。


はじめに
 
時折、「日本の常識は世界の非常識」という言葉に出会う。わが国の法律制度の中に、その言葉どおりに世界の非常識な分野が存在しているようである。現在のわが国狩猟・鳥獣制度は、その意味での世界の非常識な法律制度といえる。「法治国家の日本でそんなことが……」と疑う人が多数派であろうが、それは紛れもなく「事実」である。
 本書は、そのことについて、旧石器時代から現在までを「鳥瞰」して考察する試みである。
 最初に、世界の「狩猟をする思想」とそれが法律制度へと昇華する過程を検証する。ここでは、古代の狩猟制度が現在の世界狩猟制度に展開した姿、すなわち狩猟における世界の常識の実情を点検する。これにより、わが国の狩猟制度を計測する世界狩猟の基準を確認できる。
 そして本論に移る。
 まず、日本列島人の狩猟を通しての鳥獣との関わりかたを検証する。先史時代から飛鳥時代までの永い時を経て、人間と自然との共生の自然観が産生されるとともにわが国の宗教観が生成され、これに外来した仏教の不殺生戒の教えが融合して、わが国独自の狩猟・漁撈を抑制する「不殺生の思想」が形成された。
 次に、七世紀から八世紀のアジアの激動の中に「倭国」の為政者は、強力な中国の制度に学び、積極的かつ自覚的に唐の律令法制を継受してこの列島に「日本」を定礎した。その時わが国において、世界にはわが国にだけ存在した不殺生の思想に基づく狩猟法制が定められた。大宝律令雑令月六斎条が、「凡月六斎日。公私皆断殺生。」と定めたのが、それである。毎月、日数を限って公私の皆が殺生を行わない、つまり狩猟を差し控える「月六斎日皆断殺生」の狩猟法制が確立された。これは、日本が非常識であったのか。いや逆に、世界が非常識だったのではあるまいか。これこそは、現代世界において常識である「生物多様性」に通じる世界先進の狩猟の法制度であったのである。
 次に、中世においては、法制度としての月六斎日皆断殺生は法律の適式な改正手続を経て、「殺生禁断」に拡大され、江戸時代には殺生禁断が広く展開された。
 ところが、幕末には強大な武力を誇示する世界からの激変が押し寄せた。狩猟においては、法制度としての殺生禁断が終焉に至り、殺生解禁への道程を歩むことになった。明治六年の鳥獣猟規則制定から明治三四年の狩猟法改正までが殺生解禁への過渡期であった。明治三一年の民法施行により民法典に採用されたローマ法無主物先占は、西欧先進国では狩猟への適用・採用を阻止されていた。これが当時の世界の常識であった。しかし、明治三四年の狩猟法改正に当たり為政者は、狩猟にローマ法無主物先占を適用すべきでないと主張する意見を排斥し、近代国家としては最初に、イタリアにも先んじて全国土にローマ法無主物先占に基づく「自由狩猟」を適用した。その上、古代中国の君主による「猟者の生業保護」までも採用し、自由狩猟と一体化した「生業保護自由狩猟」を構築した。この明治三四年の法改正こそが、「日本の常識は世界の非常識の狩猟制度」の起点であった。
 明治三四年から一一〇年余を経過した現在において、明治政府の為政者が構築した生業保護自由狩猟の「乱場(らんば)」により、大方の国民が狩猟と鳥獣への関心を失ったという現実がある。今は何よりも、世界の常識から乖離した狩猟の実態を知る必要がある。それには、「殺生禁断」と「乱場」を正確に知らなければならない。

■書籍内容
目 次

修訂版によせて/はじめに

第一章 世界の狩猟法

第二章 わが国最初の狩猟法制    

第三章 律令法の狩猟法制     

第四章 中世法の狩猟法制    
 
第五章 江戸幕藩法の狩猟法制  

第六章 明治太政官法の狩猟法制     

第七章 明治憲法の狩猟法制    

第八章 日本国憲法の狩猟法制    

参考資料     
参考文献     
「目」の事項索引      

Copyright © SEIRIN SHOIN All Rights Reserved.